きらきら

2017年11月11日

ほんと、宇宙の風浴びちゃったみたいなんだ
目を閉じて抗わずに
全身に透き通らせて今、こだまする
余計なものそぎ落としたような
(そこにのこるいままでのぼくの9割はなんだい?)
感じがして、また心地よく

適当と名の付いた適当なものの適当とははずれて
どうにもよくぼくは自己中心的な
客観視できない世界の言葉と生活と常識とすべて
そう、アイディンティティをはずした
のこりのいらない9割の偽りの僕に
依存してたんだな
と、核心が持ちたくて

もっとかたこりしないように
いやただただしぜんたいで、やりたいことあつめて
そんでいきてくってみんなこどものころ
きらきらしてたのをさ

きらきらを

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焚き火

2017年11月11日

これは詩なんだか散文なんだか物語なんだか
しかし珍しく引きずるにひきずってのキャンプ三部作とでもいおうか
ぼくにはめずらしくの長続き
けれどきっとこれが最後の三日坊主終日
昨日の文章読み返したらいつもにまして支離滅裂の
日本語も不確か
けれどそれは感動の迸り
生々しいほどのほとばしり そっとしといてやってくれ
昨日のぼくがいうからうんとしかうなずけなくて
ぼくはどうにも落とせそうにない心のたき火にあたって
どうにもいい気分で困る

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秋の夜長の始まりの核心

2017年11月09日

 珍しく詩だけじゃ足りなくて気まま日記。秋の深まる夜長のせいか、それとも芸術の秋か。
しかもその詩も数日前のもの、それがこれほど心に吹き溜まり燻るとは…初めて起こした炭。その
赤くなる流動に僕は何より感動し、生きる、を感じたことも確か。その強さがもしかしたらいまに影響しているのかもしれない。自分で熾した火で食物をやき、そして食す。当たり前のこととずいぶん離れて暮らしていたんだ。そしてそれを実行したとき、生きているを少し感じた。

 なにより、やはり火はいい。ただみているだけであきさせない火。いつまでも見つめられる。乾燥しているはずの瞳さえそこでは矛盾が成立し、一種のトランスか。翌日かゆみに目覚めた虫刺され、そこまでその麻薬もとい麻酔は続いたのだ。湖の青、空の青、風、茶色の絶えた葉っぱ。いくらでも思い起こすことができる。12月、またしたい。次はデイじゃなく夜まで。そしてみんなで澄んだ空に白い溜息を吐いて火を囲んで。そんなことを考えることが今一番の幸福になっている。幸せとは何か、それがキャンプにあった。白い息は空へと浮き上がり、ぼくたちのそれはいずれか、どこかで交差しひとつになった。それが手に取るようにわかる。だから秋は芸術の秋の異名があるのだと腑に落ちる。

 火の音。最初はその弱さになかなかと肉は焼けずあてずっぽじゃいけないと反省を抱いたのもつかの間、最初じっとまったのがよかったのか順調に歩脳は育ち、継いだ新たな木炭にもそれは末広がり成功した。僕は日の魔術に負けてつぎすぎてしまい、結果しゃぶしゃぶの時間で肉を見張らなくなった。しかしそれもつかの間、いつの間にか日は静かに保ち、また栄枯盛衰、穏やかに失われていった。

 その景色を見た僕は何とも言えない切なさにかられ、せわしく木を継ぎ足した。なにかもっと焼くものはないか探した、付近の枯れた小さな松ぼっくりを火に入れた。しかし必ずと、終わりは訪れるのだ。それをより僕の行動は強調させてしまったことは後の祭り。

後の祭り。

 しかし僕はいま思う。そういつでも始まりはあると。12月だって、12月をいくつに区分したって、果ては一生のうちにいくらでもぼくは、ぼくたちは(希望的観測)キャンプをすることができる。火をおこすことができる。

 たき火。そんなことが今単純ではなくなり、そんな場所を借りてしかできなくなってしまったことに嘆いたことはまたいつか話すかもしれないし、話さないかもしれない。

 最後に。結局僕たちは本当の心の希望はいつだってかなえられる。いつだってやれる。やれないと思い込むことこそがまやかしで、ほんとうにやりたいことをやれ。囲む環境はある。誰かの犠牲を考えたときすくむ君はきれいだけれど。本当に輝くときはもっと周りを照らせるよ。手始めにキャンプをしよう。君のキャンプは何だい。

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キャンピング、キャンプド、ビーキャンプ フォーエバー

2017年11月08日

言葉にしたことや 
気持隠さず大きな声 海に向かい
太陽まで届けだこの切なる思いがかなったよ

冬まじかの晩秋に
奇跡のぬくもり
そのせいでテントは役に立たなかったけど
デイキャンプ

炭、と着火剤つかって
火を起こして 肉焼いて 野菜焼いて
晴天のふもとに輝く 湖が「せいかい」
いってくれた
しぜんてやっぱりやさしいな

デイキャンプ

ここでおきたすべてがとてもとても
ぼくたちの 起源になるね そうだね
テントの中 のほうが 涼しいくらい
日差しが強かった

みずなかった 初めてでいろいろ準備不足
自販機あった大笑い そんな そんな

次はゆっくりお酒でも飲んで
オリオン座見上げたいな

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黄昏の季節

2017年11月02日

夏の夕日の情景
座ったのはどこかの河川敷
ぼくたちは草をつまんで
風に流した

風に乗った
川のにおいがよく分かって
遅いたそがれ時に
それぞれと それぞれと
自転車に乗る

かけていく 家路の分岐
また明日と元気なあいつが
立ちこぎに 変わっていそいだ
その家のぬくもりが

はやくかえろ 軒先ではビールを飲んだ
そしてきこえた風鈴や蚊取り線香のにおい

はやくかえろ 汗は風に少し散って
いつもそんな黄昏に生まれた心大切に
かかえるようにかえったな

そんないまの 黄昏の季節
だれかいたような 黄昏の季節

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知らない幸福

2017年11月02日

ぼくらはすくなからず
そうかたってきみは輪廻を説く
だから宗教はできたんだろって
僕が安易だからか
それとも真理を突きすぎるのか

くだらないは必要悪だと
冷や汗一つも掻かないで
はや千年 

それはそうだね

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詩がぼくの道標

鹿田草太

Author:鹿田草太
ああ!僕はとうとうテントを立てて、(夢想ではなく本当に!)火を炊き星を見上げ…はできないけれどデイキャンプだから!たのしみだなぁ。直火OKなキャンプ場パチパチ音を立てて遊ぶ火の粉や本当の北風、秋の空なにをみてもうれしいし、何を食べても美味しいに違いない!


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