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古本のにおい

 古本のにおいはきっと誰かの人生のきりとり。

 そのしみ込んだにおいをかぎながら読む本がよかった。
しかし今ではそれに何もソソラレルことはない。きたないとおもってしまうし、大した価格に差はないから新品でいいではないかと思ってしまう。思ってしまう。

 本の虜。そんな日々が人生にあったことは結果、よかった。語彙力やあるていどの文章力。そんなことをかんがえてるぼくはどれだけかわってしまったのだろうか。そう、現代に負けた。携帯にまけた。コンピュータに負けた。本を読まなくなった。

 ぼくがもし、あのまま本を読んでいたらもう少しましな詩が書けただろうかと思う反面。結局核心は僕の気持ちなのだからと思うのは逃げているのだろうか。それともそこに何かを求めている時点で僕はもう戻れない何かへの後ろめたさと、どうしようもない気持ちを無意識に隠そうとしているのだろうか。秋の夜長に思ってしまったのだから仕方ない。

 新刊の本さえ、いまでは気が向いたときに探す程度で、今年の芥川賞も直木賞もわからない。何がはやっているのかも知らなければはやりの傾向すらしらない。けいこうがあったのかもわからないけれど。良い悪いの問題ではないのならぼくはすこしこの高鳴る鼓動を落ち着けることができる。けれどたかなり続ける鼓動は失ってしまった取り戻せない何かの貴重性を大いに知らしめる。

 習慣とは怖い。とても怖い。そう思い久しぶりに買った習慣づけのための実用書。なにものこらない。それをキンドルの無機質のせいにした、きっと本で読んだとしても同じなのに。なのに。


 それでふと店先手にした古本。色も落ち、それにましてあちこちに染みついた誰かのかけら。無性にこみ上げるものがある。そしてそれを押し殺す自分。学生時代はよかったと思ってしまう自分への自己嫌悪。けっきょくぼくはなにかのせいにしているのだ。…そうなのだ。

 あのころ、僕の世界の9割が本の世界だった。日に何冊も読んではその世界に心から浸ることができた、心で読むことが出きた、読み終わった後の余韻には静かに五感に残るものさえあった。目を閉じればいくらでも情景を思い出すことができたし、人物も心に残った。そのあと映画など映像化されたものをみると、自分の心で放映されたものとの違い、人。景色。声。それらの違和感があった。

 本はすごい。すごい。様々なじんせいをそれだけで疑似体験でき、経験することができる。本を読もう、読みたい。秋に一人机に向かいパソコンに向かい。何を書こうか迷う間におもいたった焦燥である。残りの人生、何冊の本を読むことができるだろうか。

何個の人生に巡り合うことができるだろうか。

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詩がぼくの道標

鹿田草太

Author:鹿田草太
俯瞰的に観ている自分もいるのに
こいつばかだなって思っている自分もいるのに
体内に精密な四季時計でもしこまれたのか
すこしの夏の気配だけで僕は
一億の細胞を活性化させる特殊能力をもっているのです

そしてひとふれだけで、しかもそれは妄想の引き起こした夢うつつかもしれないのに
すっかりたのしくなってしまっているのです

春さえ越えてしまった

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