銀河と四季の道標

綴りたいことは日々あふれるからその溜め処。

夏の真ん中茹った頭のイマジン

茹だる暑さはそこそこ歓迎する、夏の醍醐味とはそういう事でもあるから。そしてその茹だち具合までぼくの脳まで浸透しこてこてになったぼくの脳内は両耳の穴からこぼれ出そうとするから耳栓をせずには居られなくなる。しかし本来夏とはそういうものであるのだ。

今年は冷夏だと油断させて(ここの所毎年のことであるから天の邪鬼性も考えていたが)この気象。
枠に収まらないことが起こり始めたと束の間に、もう現在が本来になりつつあるから、まあ万象すら流行り廃れがあるものなのだと段々に皆分かり始めている事は違いない。とすると僕の追い求めたものは一生手に入らないのではという不安もそれに付随する。
なにを今更、またはもうそれは心の奥では悟った事ではなかったのかと皆さま辟易を通り越している事だろうけれど、けれど生甲斐なる物はそう簡単にはあきらめ切れないのだ。

かといって昨今の夏を楽しめていないと言ったらうそになる。段々と懐古とは別の純粋簡潔な夏の楽しさを、本来の純真を求めるうちに見つけてしまった事が発端。住めば都といったものでビールに明け暮れる猛暑も猛暑で掛け替えなく思える時もあるのだ。
ただし、ぼくは欲張りなのである。欲張りであるから昔懐かし麦わら帽の夏も(昔といえども妄想、象徴的過去夏である)、ビールに明け暮れる現代の大人の夏も、両方とも代えがたいと思っている。しかしとはいえどもその二つは相反しまったく別のニーズがここにある。

このさき最高の夏を追求するにつれ、またあらたな最高の夏がみつからないとは限らない。現にすこし想像を助長してしまうと(古民家、街影、秘密基地、陰影のメリハリ…)と、少しも迷うことなく次から次へ求めたい夏は浮かんでしまう。

結局僕は過去も未来もなく、過去も未来のどんな夏だって肯定できるただの夏馬鹿、という結論が嫌でも出てしまうのだが、もしかしたら未だ未開拓で手の伸ばした事のない海外の夏風物詩だってこの先愛しくならないとは限らない。かといってこの夏暴走を止める薬なんていらないし、こうしてとまらぬ事は当り前あわよくば理想の夏を自ら作り上げてしまいそうで、自分の将来が怖い。そしてそんな将来を真剣に危惧する自分が怖いしきっと明日からも夏だ夏だとはしゃぎまわるのだ。



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鹿田草太

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