久しぶりの気侭日記。

なんだかぼくの好きな画家には、”内田さん”が多い。
多いといっても二人目なのだが、しかし他にこれといって好きな絵柄の画家はいない。

なんどかここでも述べたけれど内田の新哉さんの方は雑誌『詩とメルヘン』(※今は『詩とファンタジー』…やなせさん死去後刊行されていただろうか…?不明)でその絵と出会い、風を感じるみずみずしい絵柄に一目ぼれしてしまった。それともう一方(ひとかた)は先ほどの”入道雲までとどきたかった”を書いた後、真剣に夏にちなむ言葉を覚えようと季語サイトをみていたのだけれど、不意にあらわれた夏の画像に心奪われ季語そっちのけで絵を調べてしまった。

その作家は内田正泰さん。今はなき時代の古きよき日本風景をはりえで表現している。いたことのない夏さえ妄想でいたことにしてしまうぼくだから、その古きよきはりえの夏の風景にため息をついてしまうのだ。そんなこんなでアマゾンで即購入。

一足先取りの夏の風景が、今から楽しみで仕方がない。


こころの詩―四季の彩り 内田正泰はり絵画文集

僕は少し詩が固まったと思う。それはもちろん悪い意味で。
昔の詩と比べると新鮮さはもちろん欠け落ち、特にここ最近は鋭角からの視線になってしまっている。
なんでだかは分からない。やっぱり年とともに凝り固まっていってしまうのだろうか。


僕は僕自身が詩を好きで、人にも感じてもらえればラッキー程度で重きはエゴイズムにある。
それでも全然最高の詩なんてかけなくて、めざすものは漠然とあるのだけれども漠然から微動だにせず、それでも何度かこれだっていうのもあって。それは実はたいそう酔っぱらった時に現れる神様のなす技で…。

尊敬する(尊敬しつつもそんなに深くはしらない)谷川さんもいっていた(気がする)
まず空っぽにしてから始まると。

僕もそれだけはとても共感できるからそれだけでとても親近感を感じている。てへっ。


いつものくりかえしだけれど、すこしいい詩をかいてやるか!ってきもちや、ちょっとブログ更新空いてるななんて不純な動機でつくる詩は後から読み返すととてもぎこちないしなによりリズムがない。なんだかんだと酔っぱらって楽しく作っている、そして韻とか考えないで作った詩の方が新鮮だったり魅力があったりする。自画自賛ですが。でもほんと姉ちゃんの詩集(サマー著)




が究極なんじゃないかなってつくづく思う。
正直本を手に取った時負けたと思ってしまった。感性というものが物をいう詩・世界においてそりゃあそうなのだ。0から始まり不純物を交えつつ歳を重ね、ある時はそれは熟練と呼ばれ、あるときは…。

なんて評論染みた事はあほらしいし、何より今日は休日で酔っぱらっているので元が支離滅裂前提であるしであるし、どうでもいいことなのだけど…うん、もっと純粋に曇りなき眼で夏を見つめそのまま色づけずそして気持ちのままに詩を作る事が出来たならそれが最高で至高で、その日までぼくがこのブログを続けていける最大のモチベーションなのだと汗をふきふき再確認するのです。



自己満足帝国ならどこでも作れる
好きな人同士でやったらいいし きっとそこにめざすものもあるんだろ
同じ色通しを並べて居心地良く
それがすてきな世界なら 腐食とは知らずにそれは堂々と語られる
なにが間違っているか気付けない大きな壁ばかり、作って
結局根拠などない寵愛歩合で成り上がっていくのなら

根拠失ってるんならもうどうでもいい
すきな人同士の帝国作ってぐだぐだとやっていけばいい
大エゴ小エゴまきこんで 祝杯でもあげてればいいさ


何が大事なのかその答えがそれならば
それはただのエゴ蔓延する腐った帝国でしかない

後触れしアート 心の開放
すこし道がまたはっきりとしてふかぶか頷く
ぼくも結局そうだなとおもって
現実では発散しきれない夏への想いや
現実ではありえなかった夏の在りし日々の妄想を組み立てては
満足しているぼくがいる
そして形に残る事によって読み返しては
新鮮な深層心理に気づいたりもするのだ

だからぼくらかいほうしなきゃならない
そのひとがそのひとのしらないそのひとをひめている
えをかくつくるだけのはなしじゃない
すごい事に気づいた!とおもった

きらきらきらきら アートだ
続く事が苦しくて早く終わらないかと思ったあれもアート
素敵な繰り返し
動かなかったあの子もその万華鏡に悔しい事ぼくらには見えない素敵なアート
冷たい水が痛いだけ あのこは真冬にしぶきを上げてきらきらダイアモンドダスト

そこらじゅうに散らばっている!

今頃後触れしアート 心の開放
ぼくらそれぞれの開放の手助けのアドバイサー
余計なものなんて何にもいらない こんな視点、こんな視点…

すごい事に気づいた!とおもった
2014.08.29 まどろむ
ぼくはいまとある日帰り温泉
日々の垢を落としきるためやって来た
久しぶりに蝉が鳴いている
いや、たぶんぼくが久しぶりにセミの声に
聞き耳をたてている
ねとりとしたお湯をかぶり
おばぁおじぃの会話が全部聞き取れるくらい
そんな静かな大広間
横になってる

足元涼しい風がくすぐって
もうそろそろぼーんと懐かしい時計が再び
ああなんて時間がゆっくりなんだ
時間までとろみがついている
涼しい風
湯上がりに心地いい

この夏もありだな
そんなこと思って厚い本の続き
休日