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銀河と四季の道標

綴りたいことは日々あふれるからその溜め処。

せいぜい

手のひらの雪の
解ける命の伝わり
赤い川の上流で
考え事して
鼓動のやむことのない台地背負い
そのなかに宿した人はひとりかふたり

重なって
破壊しあい
舐め合い
生きるっていって言葉にして流れた
濁流ってやつ

ってやつって最大限度の客観視でもそれが
でもそれが自分から流れ出すからどうしようもない
せいぜい

隙間風の虚しさ

はなしかけそうで
はなしかけられなくて
はなしかけようとしたかげはだんだんとおのく
そんなせなかをあわてては
おいかけてみてもはなれるスピードにあきらめてしまう
そしてふいにあったときのきまずさ
あいてはなにもしらないのにそう
じかんはもどらないってことは
あいてがなにもわからなくても
あいてがなにもきづつかなくても

あいだにとどまることばのなりかけ
それはもうことばにはなれない
つたわらない
なかったことそんなひびのぴーすのうまらなさにふく
北風は辛い

秋空の微笑みは

星々の揺らす空のこと
秋の初めにはすこし夏の
幻が解けて輪郭が浮きだって
ああそらはそんななかにもそらで
いるからさ
もうすこし見つめさせてよ

風も北から来たね
そんなつめたいかぜは上空までふくから
あんなほしは瞬く
乾燥した瞳閉じるたび流す涙は
流星だね

君と君と夜空のしずくは
こんな寂れた秋の始まりも潤そうと
わらっていつかの星がまだ空にあるよ


通り雨

久し振りの夏日とそれに併せてとても心地の良い晴天
なにかいいことしたっけな?ってレベルの今日に僕は朝から
にんまりが止まないわけで
道すれ違う人なんかわらいだけをくったか
はたまた朝からさけでものんだか
それとも1万円でもひろったかってな具合に見えただろう
でもそんなひとめもどうでもいいくらい
いい天気だったな、そしてそれは確かに秋だけれども
あきのなつびもいいもんだって
居間落ち着いた気温の中それでもすこしはやまったたそがれ近くの時間は
きもちのいい鈴虫の演奏会を響き渡らすから

そう通り雨が少し通って
そんでこんな心地までたどり着いた

そうさ

言葉足らずの地球の住人いるのに
きづかれない「愚痴」
ぼくはほんとうは最初の最初からいるんだよ
それは太陽さえ生まれるよりも
前の話

宇宙のフラッシュビックバンの日に
弾け飛んだ光のかけらが
運良く有機物つかまえて命を
宿した

そしてたどりついたこの星の名前は
最初に僕が付けたんだけれど
「ig0j0ga」カクリカ
ニホンゴにしたならそんなところさ

結局のところじゃあ君はなんなのさ
みんなぼくに聞きたそうにするけれど
ぼくだってよくわかってるわけじゃないんだ
けれどね、ぼくだけのちから宇宙と話せる

きみらがうまれるずっとずっとの×億?はてな
はてないはてしないさきからいたからさ
たぶんきづいてるだろうけど宇宙ってコスモって
そうさ生きてるのさたじげんっているの
よくわからないけれどチュナー、シュウハスウ違うんだ

そうだけれどずっとずっとそんなせかいめぐって
カクリカについた

そんなぼくのこときみたちはしらずしらずに
空気って呼ぶけれどそうさ… そうさ

アカ

稲の花粉にやられちゃって
いけるならいけるさ水道代も浮く
そんな(見た目には)きれいなさらさらな
鼻水は考え込んで下を向くと直ぐに滴る
だから上を向いて歩こう
秋空が綺麗だトンボもなんだか今年は多いぞ
アキアカネが減ったと去年はしぼんでたから
それをみたとたんの衝撃は久々で
またコンクリート塀に一列に並んだ
あの赤の飛行機たちを僕のダッシュの合図で
飛び立たせてみたいもんだと
ほこらしいきもちになって鼻の下を右手の人差し指でさすった
テッシュでこすりすぎて少し秋めいた
僕の赤っパナ

へんか

よかぜのあみどこしもうしこしまだすこし
さむくないよ、きもちいいよ
いじはるようになって
へやのえあこんもおなじおんどにしても
あたたかいかぜがながれて
おしえてくれてる

きかいにさえわかるきせつのへんかは
どうあがこうともうきまっているのに
まだこんなよるにもかぜがきもちいいのは
まだだよ
まだだよ
そんなきもちのせかしかたが
しをつくる そんなきもちが
そんなきもちが しをつくる

めをこらして

あかいようなきせつは
あおいようなそらにね、つつまれて
すいこむ
からだとくうきのさかいめがつかない
ああなんて
なつかしいんだ

はっぱたちもそろそろと
たびじたくはじめて
かなしくなったきがないてる
ひゅうひゅう
でもそのはっぱたちののせた
あたらしい種がはるにはどこかで
めぶく

あかいようなきせつは
いつものこのきせつのきみのね
きみのほっぺた
あおぞらとあかのたいひのなかで
そっとてをさすってはくいきのしろさまで
そっとてをさすってたかいたかいそらのはてまで
めをこらして

すべては素敵な偶然なのか

たとえばもし空を飛べてなんなら宇宙さえ理解してしまったとして。

それがなんのためになるのかわからないしもしもこの物語のエピローグがわかってしまったなら生きていく意味がなくなってしまう。そのあとを知りたい…それは結局すべてを知らない前提の自分であるからきっと言えることなんだろう、その決して確証のない暗黙の了解さえ否定されればまたぼくたちの未来に数パーセント陽は射すのかも知れない。温かく熱く暑く痛く、麻痺…否幻想、幻想、幻想の範囲で。(希望的観測、これほどしっくりくるものはない)

極端が真実だったらどうする。結局中立だったぼくらや”普通”が生きるすべとして副次的に代々…代々。

正確に遺伝は由来しないらしい、しかしもって生まれた性格は芯たるところで永劫居座る。最新科学の指し示すものはこのところ諦観がつきまとう。なんだって諦観にさえ”諦(め)”がつきまとっているのだから。いわばいつの時代からも続く永劫の公然の沈黙にすぎず、ユウシャが声を上げたところで押しつぶされる。それが本当に真実で、社会なのですか。こういうことに不安になって文を書いたのが初めてで不安と不穏が付きまとうがさっきに同じくこれはちゃんと名前がついた気持ち、ですか

ですか ですならぼくはまだ0,00001ぱーせんとしかたないって思えるんです。


自分が特別って思わないと生きていけない”風”に人間は作られていてそれは大事なことなのだと悟る。しかしそれを悟った先に教えがない。結局最後は個人なのでありま

そう、だからきっと宇宙は最後の砦なんでしょうってきっとこれこそが公然の事実の沈黙の極み。きっと最先端科学で調べている人だって必死にそれをふしょくしたいよりかそこにいることに安心しているのではないかと疑心暗鬼の公然の沈黙。しかし残念ながらただの偶然なのだ。

夢と朝と今

明日の朝にたどりついて涙流す
そんな夢を見て目覚めた朝は
それはぼくじゃないのに
ゆめのなかのだれかなのに不思議と
いままでそのだれかだったような心が
心が不思議で
ぼくはまたけさも掌見つめている

けれどその掌はいつもの多汗症の
すこしざらつくいつものぼくので
だけどなんだろふしぎなくらい…
今の僕には恥ずかしくて言えない

そんなことがたまにあって
じぶんじしんのことでもよくあって
遠いいつかの記憶を再体験する
いいところで目覚めてぼくは大人だと気付く
そんなときの
切ないくらいの喪失感は
なんだろなこわいくらい一秒前はそこにいたのに
ふしぎだな

ふしぎだな

季節の理由

秋の切なさに勝てっこないな
なんて
あきらめて思いを吐いて
まだ白けないだけいいななんていって
笑えるくらいだから
まだましだな
秋は何で切ないのかな夏のせいだよ
でもそうやって
それくらいのことならね
結構共感してくれる人はいるはずさ
梅雨をいれたところできせつは5つつ
ましてや夏はそれなりに多勢じゃないかなんて
ぼくは自負しているし(根拠はないけどね)
秋や冬があるから夏の偉大さがわかるなんて
もう何年も自分に言い聞かせてきた

楽しく生きたい
きっと約せばそれなんだろうけれど

キョウカンシエナイモノ、ある

空一帯に玉虫色の空間変形
忘れられない夏を、名残のおしい夏を
ぼくの深層心理が投影する
たゆたうように優雅なそれが
見かけによらずに厚く頑丈であって
また今日も僕は
本当の空を覗けずに
結局いこうともしなかったあの影の濃い
緑の濃い好奇心の漂うような草いきれ路地裏
一度立ち止まったのにいかなかった
そこでひとつ夏が停止し
ぬけがらだけで秋にいるような気がしてならない
だからあの黄昏前の夕刻に
香った風さえ捕えられずに
もう取り戻せないという事実だけは
それでもはっきりと理解せざるをえず
貧乏ゆすりが自意識で抑えられないのだ
寒気さえするから風呂上りの夜空は束の間
消える

消える、けれどまた現れる

消える、また消える

あああああと大声を出し体中をかきむしりたいこの気持ちの
せめて名前を教えてください

といったとき
どんなにがんばってもつたえようとしてもがむしゃらに努力しても
キョウカンシエナイモノがあるという事実はもう
今知ってしまったから
いましってしまったのだから!


思い出すたびに背筋を震わせ生きていくしかない余生
そこまで神は知り尽くしていないのではないかはたして
唯一それだけが生きることの道しるべ
生きる意味となるのではないでしょうか

鈴虫や、人や

静かなといって鈴虫たちも
夜の流動性をしってとろみのついたところを
音さえ流す
しかしそれはけっして人間へ向けた
敬愛などではない
察したとおもったどこまでか
その勘の違えたところのさきで
奇跡、はあるだろうか

おもえばおもうほどこの夜に
とろみをつけ流動させる虫たちの奏でよ

我々とて
我々とて

そういった思い込みで土足で踏みいられ
種族か、色か、耳や目の大きさか
些細なことだとそれを歌にして
それも静かにさとそうと

聞こえなくもないのだか

我々はそうやって
長い長い年月を繰り返し

勘を違えたことでふと
真たる真実を得て

その端
暗き草むらの
下で、なく、か語るそれたちも
そんなこと思ってるのではないかなと
つきさえ見えないコンビニの駐車場で
思った主観である

夏さえ

草いきれ過ぎて水草
裸足に踏みつける心地よさとこそばゆさ
浸透する夏の陰の冷や水はどこか
季節の危うさ、(真裏)儚さ
届ききらない場所がある
夏の大いなる力でさえ

カゼハネ

走らせる風はぼくらにこいっていってる
ずっと先頭はしってくれるからぼくら安心していられるんだな
ときどきたちどまるとさきいってっからーと
とどまることを知らない勢いはいつだってぼくらのねがいだ
そして世界一周して
もしかしたら宇宙まではみ出して
ずっとみあげていたからぼくもって飛び出す
風の先端までしがみついて
そこからじゃんぷしたらきっと羽くらい生える